私が東京で商売をして居た頃、年収は優に1000万円は超えていた
何しろ毎月取引先からの振り込みが100万円を下回ることは無かった状況だった

また、士業という事で経費はかなり少ない
住居兼事務所のマンションの家賃(按分すると家賃の半額が事務所経費)、PC等の機器とコピー用紙、自家用車兼用の自動車の経費、移動費(電車など)
ざっくり言うとその程度なので粗利は非常に高かった

ADHD(発達障害)と言う特性もあって、一分野ターゲットにして商売をすると憑りつかれた様に調べ倒す集中力があるので、私が行っていた分野の業務においてはそれなりにスペシャリストの域にまで到達できていた
(ただ、幼少のころから他人と少し違う自覚はあったものの自分がADHDだと判ったのは独立してからずっと後の事だが・・)

独立したのが30代前半(正しくは独立せざるを得なかったが正しいか?)
リーマンショックで職を失い、軽く路頭に迷うその時まで高卒18歳~30代前半まで何の疑いも無しに、うだつの上がらない馬鹿リーマン社畜をやっていた
その当時、年収1000万円とか月収100万円超えなんて想像できなかった

実際月収100万超え、年収1000万超えを達成すると
年収1000万に対する努力とはこんなものか・・
 俺はただ、死にたくない一心でやってきただけなんだけど・・
と結構冷めた感じがあった


今から当時の感覚を思い返して自己分析すると・・
生きていければ御の字であり、俺が120%の努力とオーバーランするほどの結果が出てもこんなポンコツ(私)が
人並かそれ以上に稼げるなんて欠片も思っていなかった
言い換えれば・・こんなポンコツのカス(私)でも120%の努力が出来れば死にはしない程度に生きていける可能性があるかも・・と言う感覚だった為、死なない事が目標で100万/月、1000万/年稼ぐなんて考えていなかった

もう二度と馬鹿リーマンはやらないと決めた時
『命に代える覚悟!!これでダメなら自殺か!?ホームレス!!二つに一つ!!』
と強く強く心に決めていた

人間死ぬかホームレスかの二者択一を迫られればそこそこの努力は努力と思わずに出来るもの
当時、僅かにあった貯え(貯金)が尽きたらゲームオーバー、金はHP(ヒットポイント)、尽きないように、LVUPしながら前に進まなければならない
この時、金の有難みを思い知る。金が有れば人は死にはしない

当時運よくオンボロ車(日産ウイングロード)を持っていた。
リーマンショックで職を失い、自身が無謀にも独立するなんて露も知らずに呑気に外房でサーフィンをしたくて上京して初めての自家用車を購入していたのだ。これが良い働きをしてくれた。
やはりオンボロでも車があると無いでは営業や取引先へ出向くとしても随分と違うし、取引先も車も持っていない相手となると足元を見てくる
また、そこたら中に地下鉄の駅があるような山手線の内側のでもない限り、東京23区でも電車とバスを乗り継いでいくのは現実的ではない場所もまだまだ存在するのだ

思いのほか商売が軌道に乗り程なくして100万/月に達し翌年には1000万円/年超を達成した
馬鹿リーマン時代、生活を切り詰めた独立当初、まとまった金が有ったら・・

◎吉原の高級ソープ行って3Pやったる!!
高い車買ったる!!
海外って豪遊やったる!!  
外房に部屋借りて週末は海のそばでウダウダするんや!!

等々と・・欲望に憑りつかれいたのだが、いざまとまった金を持つとそういう欲望は鳴りを潜めた

『別に
そんなものいつでも手に入るんだから、俺の命と引換えに手に入れた大事なHP(ヒットポイント=金)消耗しなくてえーやん!?高級車!?それが俺のHPと引換えにする程の価値があるのか??無いわ!!全然無い!!それにこの苦楽を共にしたオンボロウイングロード、俺にピッタリやん』みたいな感じ


商売も実働は3~4年
ADHDは諸刃の剣で、自分の神経まで病むほどにNONSTOPで突っ走って追及した結果、無理がたたって体を壊した
アナフィラキシーショック(眼球ががぶよぶよに腫れるのはキツかった)、アトピーの悪化、アレルギーが起因する謎の発作、帯状疱疹、鬱・・自分は意外と神経細かったらしい

この時、そこそこのどん底を味わい、金だけあっても人間は幸せではないという事を思い知った
また、おかしなことに精神的にも不安定だった私は外に出る事が出来なくなっていたので
取引先にずっと出向かなかった。おそらく一年位顔を合わせて居なかった

取引先との関係が壊れて注文が来なくなっても仕方が無いと思うくらい精神的に追い詰められていたのだが・・その思いとは逆に引っ切り無しに注文が来た
今の時代、注文もデータの送信、納品、請求書の送付も全部メールや宅急便で事が済んでしまう・・

商売をやっていると取引先は自身の利益になると思えば、下請け(このケースでは私)がどんなに常識に欠ける奴だったとしても注文を止めない

この時学んだ事
儲かる時は嫌でも儲かる。金は時として求めなくてもこっちに寄って来るモノ。客は下請けの人間の人間性なんて関係ない。
要は必要なピースかどうか?信用と商品力のバランスが壊れない限り注文は止まらない
大事なのは立場とタイミング。立場とは小さくても自分の看板を持っていて商売出来る立場、タイミングとは日頃の学びや研究成果を商品として提供するタイミングを虎視眈々と伺うという事

裏を返せば、どんなに努力をしてもその努力が間違った方向に向かう努力なら報われる事は無いだろうとも思えた

立場とタイミングの条件がマーケットの需要と上手く合致したなら
多少粗削りでも引く手数多になる

よく人間的な魅力も、社会人としての常識も、品性も、何もかもが下劣な人間でも金持ちだったりするのは、金と言うモノは、相手を選んで寄ってくるモノでは無いからだ

私の今現在、当時の貯えを資源にして小さな利益ながら
紆余曲折を経て私は精神的にも経済的にも自由な事この上ない
これが良いのか悪いのか?と自問自答する事はちょいちょいある
本当言うと自由過ぎるのもそれはそれで手応えの無いふわふわした感覚で辛いところもあるのだ

自問自答の答えを導き出せたとき、私は新たな生きる目標を得る事が出来るのかもしれない