工業高卒、2級建築士、普通自動車免許しか持たないクソ低スペックの元社畜だったけど恥覚悟で独立したら年収1000万は軽く超えた⑦ の続き

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初仕事を終えたとは言え
相変わらず仕事が無いのだから営業に邁進する他ない
毎日営業に精を出す
食事は一食/日、松屋の牛丼だけオーバー30のいい歳した男が見っともないものだと
自覚はしていたが良い意味にも悪い意味にも一人で戦っていたので恥を晒す相手も居なかった
リーマンのように決まった日にちに金は入ってこない
底が見えているから消費は出来る限り削るしかない

電話営業をした時、私もリーマン時代に訳の分からない電話営業が掛かってきたときの事を思い出した
迷惑と言うか、反射的にこういう事はネガティブで迷惑な行為なんだと思っていた事を思い出した
それを今自分がやっている

しかしいつも頭にあったのは
【死ぬ(又はホームレス) のか 学ぶのか?動くのか?】

選択しなし!!学び!!走れ!!動け!!
泣きたい⁉泣きたきゃ
手を動かしながら走りながら泣け!!止まるな俺!!
そんなマインドだった

丁度当時、民主与党の鳩山内閣は省エネ住宅や住宅の長期利用を促すような
法改正や予算を付けるような施策を掲げていた(本当は鳩山内閣と言うより国交省の官僚政治の主導なのだが)
この省エネ住宅の分野は無知で無学な建築業界の同業者達はノーマークな分野だった為、私は薄い期待を込めてコツコツと勉強していた
いや、同業他社がやっていない事に取り組む以外に生き残る道なんて見いだせなかったのだ

まだ死ぬわけにいかん!!
死ななければ人生勝ったようなもんや!!
この当時そんな風に思っていた

この当時生まれて初めて国の予算、政策、法改正、更には税制大綱
どのようにして法律が出来て予算が組まれて施行されるのか?税金について?
時間はあったし焦りもあった分ガツガツと調べ倒した

そして自分にとって自営になってとても良かった事
毎日ニュースが見れる
恥ずかしい話だが30を過ぎて自営で自分の自由な時間を取れるようになるまで
ちゃんとニュースが見れるような時間に帰宅する事も難しかったし
それどころかそもそもニュースなんて興味も無かったのだ

つまり疑いの無い社畜だっから会社にぶら下がって生きて行く事しか考えてなかったから
今、社会で起きている問題 とか 政治 とか 金融 とか
自分の人生には関係ない
と思っていたんですね
今から考えるとやはり私は社畜の当時 身も心も社畜野郎 だったのだと思います


そしてこの2009年の12月、第2次補正予算案が閣議決定され住宅エコポイント創設の運びに・・
更にその後には3.11東日本大震災が発生していく・・
これが私の人生に大きなインパクトを与える事になっていく・・

⇒続く