今バンコクを発つ準備をしつつこの記事を書いている
この時の事を日記として残したい
いつか時間が経った時に読み返す事があると思うので

明朝ホーチミンに着いたら台北経由で私の田舎の最寄りの空港に向かう

父は頭がい骨骨折
脊髄も折った
意識不明の重体
つまりもう話す事
意思疎通も難しい

私の父は今で言う毒親と言うタイプ
中小零細の成金社長
バブルの好景気に丁度乗る形で人並み以上に稼いだ人だった
下手に稼ぎが良いので余計にタチが悪い
やりたい放題、自分がこの世のすべてだと思い込んでいる人だ

酒乱、自己中、何か話をするかと思えば人の文句しか話さない
平気で家族を殴る
幼少期は父と母は毎晩夫婦喧嘩をしていた

何故か私は子供はどうして生まれてくるのか?
と言う疑問に対して勝手にこう思い込んでいた
大人の男の人と女の人が結婚して愛し合っていたら自然に子供は生まれてくる

だけどウチのお父さんとお母さんはいっつも喧嘩している
お父さんがお母さんを叩いている
茶碗やら何やらブン投げてパリーン!!と鳴る!!泣く!!

お父さんとお母さんは大っ嫌いどうしなのに
なんで俺は生まれて来た⁉
なんで俺は生まれて来た⁉
なんで俺は生まれて来た⁉
毎晩のように布団のなかで泣いていた

父はいっとう出来の悪い私をよく家から放り出した
そんな時は子供心にも解っていた
子供がたった一人で生きて行けるはずが無い・・
ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!

泣いて謝ったが泣きながら両足を掴まれて玄関から放り出された

放り出される度に思った
もうこれで許してもらえないかも知れんわ・・
俺死ぬがやろか・・


頼る者も無く決まって裏の納屋で一晩を過ごした
寒い日はキツかったが死ぬ事は無かった

父が嫌いだったから何の可能性も無い底辺のガキだったくせに
消費者金融の無人君で生まれて初めて借金してまで上京した

リーマンショックで職を失った時も
【死ぬ(又はホームレス) のか 学ぶのか?】
田舎に帰る選択肢は無かった

父が大っ嫌いだから底力が出た



そろそろ行かなければ・・